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2020/05/26 07:00 |
浅川マキのこと
浅川マキのこと

17日のこと,浅川マキの訃報がTwitterで流れて,午後になってから,主要な新聞社も訃報を伝え始めた.

その名前は,私が十代だった80年代当時にもたまーに音楽雑誌に出たり,多感な時期に読んでた栗本薫の小説にもあったので,既に生ける伝説になってた.

いつか聴いてみたいななんて思いつつ,なかなかCDも売ってなかった(その頃は丁度レコードからCDへの過渡期で,急にレコードを売る店が減っていた80年代の終り)ために,願いかなわず.

高校に入って私はCDショップでアルバイトをはじめて,棚の上におかれた骨壷みたいなCDのボックスセット,それは真っ黒でなんだか不吉な物体に見えたのだけれど,よく見たら浅川マキ自選作品集,10枚組みの「浅川マキの世界」だった.

高校生のアルバイトには\20,000のボックスセットは高い買い物だったのだけれど,多少の社員割引が効いたので購入したのが,浅川マキの音楽との出会いだった.

一番最近のUNDERGROUNDというアルバムから聴きはじめて,ボビーワトソンなんかの黒人ベテランミュージシャンが奏でるタイトなサウンドの中で自由に言葉を発するそのスタイルは,これまでに一度も聴いたことのない音楽.まさに異質で,すぐに愛聴しはじめたわけじゃない.

昭和の裏通りの酒場みたいな先入観ともちょっと違ってた.そういう装飾のいらない,ただそれは,浅川マキっていう存在だった.

高校を卒業して日本を出るときに,気にいった数枚のアルバムをテープに録音して持ち出した.その中では,都会に雨が降る頃,午後,裏窓,町の酒場で,なんかを良く聴いていた.

何年もたって,すっかり浅川マキを聴く生活になってから,偶然見つけた浅川マキの公式サイト.そこで大晦日公演が行われることを知り,はじめて新宿Pit Innにライブを見に行ったのは2000年代になってからのこと.舞台の彼女は黒い髪とドレス,大きなサングラスで,やっぱり浅川マキだった.

CDではわからなかった豊かな声量に驚いたのと,開演前に楽屋から聞こえてくる豪快な笑い声が印象的だった.

結局,三回大晦日の公演を見に行って,最後に行ったのは2007年だったと思う.

昨年末(2009年)にも大晦日公演があり,2010年1月15日-17日までの名古屋3days公演のさなかの客死.

歌えなくなって病院に寝たきりの余生を送るよりも,歌いながらフッといなくなるような死のほうが浅川マキらしいのかな,とか思ったり.

今は彼女の残したいろんな言葉,音楽.それらはミステリアスで私には理解できないものも多いのだけれど,それをあれこれ考えてみるのが楽しい.

浅川マキ 都会に雨が降る頃


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2010/01/23 13:40 | Comments(0) | TrackBack(0) | 浅川マキ

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