昨晩は我ながらお粗末なBehaviorをかましたと思ってます.
さて,やる気はあるのにそのやる気があさっての方向に飛び散って結果脱力している昨今です.
脱力している私をよっぽど見かねたのか後輩の前代未聞のマメ男くんが頼んでないのに私の代わりにいろんな報告に関して「代返」してくれるのだ.でも,私はべつに腕を折ってるわけじゃなし,メールくらい書けるもの,あんまりあからさまに代返してくれると,客観的に見たら私が「おい.マメ男!このメールに返事しとけよ!」って番長みたいに指図してる図式が浮かんでしまうので,そこはやんわりとお断りしておいた.
で,私が毒をぶちまけた昨日のブログを見て何人かからメールを頂いて,特にやさしい指摘をくれた年上独身女性のこだまちゃん(仮名).長いメールだったけど要約すると「あんたアル中の癖に酒やめてなくて挙句の果てにああいう攻撃的な思想を持ってるけどアル中で悩んでたころを忘れたの?頭冷やして読み返してみな」ってな具合だった.
いろいろな親切があって私が感動の涙を流して一件落着,ってなればいいもののそうはいかず,親切といつも背中合わせのおせっかいという言葉がある.今日は一日親切とおせっかいのハザマについて考えた.
ボランティアはフロンティアに似てるけど青天井に親切をかますことがボランティアリーというものでは無いと思っている.相手が必要としているものを無償で与えるものがボランティアであり,別に必要としてないものをめくらめぽー与えるのはお節介だ.
前の例でいくと,もしも私が昨日腕を骨折していてメールがかけない状態にあったときに代わりにメールを書いてくれる前代未聞のマメ男くんはボランティアなのだけれど,健康でぴんぴんしていて,基本的に自分のことは自分で面倒みたいっていう全うな神経を持っている私にいろいろ世話を焼いてくれる前代未聞のマメ男くんはお節介な人っていうことになる.
じゃあ私の隠さない隠れ飲酒を咎めるこだまちゃんの1通のメールはボランティアかおせっかいか,っていうと,難しかった.
例えば,隠れて飲酒するアルコール依存症の人を「緩慢な自殺行為」と定義するならば,誰だって良心があれば目の前で自殺行為をするアル中を止めるだろう.
しかし,ただの我慢が足りない人って捉えると結果は違ってくるんだろうと思う.
そして,ここで私がアルコールとアルコール依存症の問題について語り始めるとそれこそ何時間も書いてしまいそうなので書かないのだけれど,こだまちゃんのメールにはある種の気持ち悪さがあったのは確かだ.普通,際どい忠告をするのは親とか妻とか血縁とか利害関係がある人,って相場が決まっていて,恋人でも許婚でもないアカの他人から際どい忠告をされることが無いのに,されちゃった,っていう気持ち悪さなのだ.
それで,私の少ない脳みそが一生懸命探して見つけた事例が「障害者に対する偏見」というもの.
http://osoihito.jp/
この映画の受け売りなのだけれど.
一部の人々は障害者にはなっから「純粋」というレッテルを貼って,自分勝手に定義して,障害者自身が必要としていないケアを与えたりしているがそれは自己満足だと思う.障害者にだって性欲もあれば私みたいにたまには殺意だって覚えることもあるはずだ.でも障害者向けの性欲処理サービスに対して眉をひそめる一部の人々(ボランティアが好きな容姿に優れない女性だったりする)もいるわけで,その部分を直視せずにボランティアとお節介の違いを理解することはないだろう.
こだまちゃんのメールを見たときに感じた気持ち悪さっていうのはこの,「アルコール依存症=障害者=私が何かしてあげないといけない」っていう上から目線のレッテル貼りであったのかも知れない.妻でも親でも恋人でもない人がアルコール依存症の知識もナシに「酒をやめれ!」っていうのは私のセンス的には無しなのだ.
易々とアルコール依存症について公言した自分にも充分非があることは認める.今後は気をつけよ.自分のことは自分の責任でやりますから.
さて,やる気はあるのにそのやる気があさっての方向に飛び散って結果脱力している昨今です.
脱力している私をよっぽど見かねたのか後輩の前代未聞のマメ男くんが頼んでないのに私の代わりにいろんな報告に関して「代返」してくれるのだ.でも,私はべつに腕を折ってるわけじゃなし,メールくらい書けるもの,あんまりあからさまに代返してくれると,客観的に見たら私が「おい.マメ男!このメールに返事しとけよ!」って番長みたいに指図してる図式が浮かんでしまうので,そこはやんわりとお断りしておいた.
で,私が毒をぶちまけた昨日のブログを見て何人かからメールを頂いて,特にやさしい指摘をくれた年上独身女性のこだまちゃん(仮名).長いメールだったけど要約すると「あんたアル中の癖に酒やめてなくて挙句の果てにああいう攻撃的な思想を持ってるけどアル中で悩んでたころを忘れたの?頭冷やして読み返してみな」ってな具合だった.
いろいろな親切があって私が感動の涙を流して一件落着,ってなればいいもののそうはいかず,親切といつも背中合わせのおせっかいという言葉がある.今日は一日親切とおせっかいのハザマについて考えた.
ボランティアはフロンティアに似てるけど青天井に親切をかますことがボランティアリーというものでは無いと思っている.相手が必要としているものを無償で与えるものがボランティアであり,別に必要としてないものをめくらめぽー与えるのはお節介だ.
前の例でいくと,もしも私が昨日腕を骨折していてメールがかけない状態にあったときに代わりにメールを書いてくれる前代未聞のマメ男くんはボランティアなのだけれど,健康でぴんぴんしていて,基本的に自分のことは自分で面倒みたいっていう全うな神経を持っている私にいろいろ世話を焼いてくれる前代未聞のマメ男くんはお節介な人っていうことになる.
じゃあ私の隠さない隠れ飲酒を咎めるこだまちゃんの1通のメールはボランティアかおせっかいか,っていうと,難しかった.
例えば,隠れて飲酒するアルコール依存症の人を「緩慢な自殺行為」と定義するならば,誰だって良心があれば目の前で自殺行為をするアル中を止めるだろう.
しかし,ただの我慢が足りない人って捉えると結果は違ってくるんだろうと思う.
そして,ここで私がアルコールとアルコール依存症の問題について語り始めるとそれこそ何時間も書いてしまいそうなので書かないのだけれど,こだまちゃんのメールにはある種の気持ち悪さがあったのは確かだ.普通,際どい忠告をするのは親とか妻とか血縁とか利害関係がある人,って相場が決まっていて,恋人でも許婚でもないアカの他人から際どい忠告をされることが無いのに,されちゃった,っていう気持ち悪さなのだ.
それで,私の少ない脳みそが一生懸命探して見つけた事例が「障害者に対する偏見」というもの.
http://osoihito.jp/
この映画の受け売りなのだけれど.
一部の人々は障害者にはなっから「純粋」というレッテルを貼って,自分勝手に定義して,障害者自身が必要としていないケアを与えたりしているがそれは自己満足だと思う.障害者にだって性欲もあれば私みたいにたまには殺意だって覚えることもあるはずだ.でも障害者向けの性欲処理サービスに対して眉をひそめる一部の人々(ボランティアが好きな容姿に優れない女性だったりする)もいるわけで,その部分を直視せずにボランティアとお節介の違いを理解することはないだろう.
こだまちゃんのメールを見たときに感じた気持ち悪さっていうのはこの,「アルコール依存症=障害者=私が何かしてあげないといけない」っていう上から目線のレッテル貼りであったのかも知れない.妻でも親でも恋人でもない人がアルコール依存症の知識もナシに「酒をやめれ!」っていうのは私のセンス的には無しなのだ.
易々とアルコール依存症について公言した自分にも充分非があることは認める.今後は気をつけよ.自分のことは自分の責任でやりますから.
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