夜の西友では決まったレジに並ぶ,あのヒトのレジだ.
私のあのヒトは,おしゃれもしてないし,いつも汚れたエプロンをしてて,太ってるし髪もボサボサで,とうてい"もてるタイプ"じゃないんだけど,あのヒトは私に優しくしてくれたので好きだ.
一昨年,左足を骨折して,松葉杖をついたまま買い物カゴを持って食材を買うっていう,経験したことがないとわかんないような離れ業をしていたことがあった.そんなとき,たくさんのバイト店員が誰も私のことに「気付かない」なか,彼だけが私のことに「気付いて」くれた.そして,無言で私の買い物カゴを持ってくれて,全部の買い物が終わるまで無言で,ずっと買い物カゴを持って付いてきてくれたんだった.ワタシは,そんな身に余る待遇に恐縮して急いで買い物をしつつ,実は彼の無言の優しさに嬉しくて泣きそうになりながら早足(といっても松葉杖使用の最速で)で買い物を済ませたんだった.
それは,ある年のよくある12月のほんの数日の出来事であって,多分誰も知らない二人だけの思い出だし,私は確かに覚えているけど彼にとってはもしかしたら毎日の日めくりカレンダーの一枚に過ぎないのかもしれないから,最早私だけの思い出かもしれないのだけれど,私ひとりだけがきっといつまでもそれを忘れないんだろう.
それから何年も,彼にレジを打ってもらうたびにあのときの感謝を思い出すし,今でも感謝している.
それは私にとって,彼と私だけの秘め事みたいなもので,ほかの誰も知らない,自分だけが知っているこのヒトの良さっていうのは,どうしたって特別なものだ.
もっと世界中の誰もが,彼が優しい素敵な男だっていうことに気付いて,彼がこの世で報われることを心の底から望んでいるし,彼はもしかしたらとっくに愛してくれる女性が居て,彼に似た子供達が彼の帰りを待っているかもしれないけど,それでももっとたくさんのヒトが彼の良さに気付いてくれるといいと思う.そして,自分もそんな存在になりたい,っていうモチベーションになるのだった.
それでも,彼の素敵なNatureを自分だけが知っている,っていう感覚は,ある意味麻薬みたいなもので,自分を喜ばせるための麻薬かも知れないけど,そんな気持ちいい感覚は,できれば皆にも知って欲しい,っていうのは,それも一つのNatureであるなんて思う,早春の晩であった.
こんな感覚的な文章でも判ってもらえた方は,ぜひクリックをお願いします.あのヒトは大好きです!
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