(副題:ホモ化する女)
オットコはオオカミなのっよー気ぃをつけなさーいー♪なんて時代だって女は強かった.
どうしたって女は強い.これは真理だと思う.いつの時代だって女は強かったけど,これまでは社会的背景もあって目立たなかっただけで,現代のように表舞台に出てくれば女が強いのは当たり前のような気が.
「草食系男子」が急増中っていうニュースが最近よく見られる.
人間は雑食なのに「草食系」っていうナンセンスなネーミングなんだけど,こういう感じの人たちだそうだ.
-セックスに貪欲じゃない
-外で遊ばない
-酒も飲まない
-車乗らない
-デートでもリードしない
昨今の20代,安月給でこき使われていて疲れてて月末になるとピーピーしちゃうようないまどきの若者が,万札はたいてフーゾク行くどころか,デートで小洒落たレストランでワイン飲んだり,車買ったり,するわけないと思うんだよね.
20代のオスがセックスしたくない,なんてことはあり得ない.オスはいつだって精液をぶっぱなしたいって思ってる.でも,セックスにありつくにはそれまでのプロセスとして女を食事に誘って,それも松屋や吉牛じゃ駄目で小奇麗なところに連れていって,誕生日になんか贈って,飲み代払ってホテル代払ってやっと性交にありつくでしょ.金の無い人がそんな面倒なことしませんし,そんな気力ないと思う.ビンボー人は,そんなの想像しただけでチンポ萎えるでしょ.
つまり草食系とか言われてる人たちは単に時代の空気に自分を合わせてるってだけで,ただの賢明な選択だと思うし,冬の時代を乗り切るために身を硬くしているだけだと思う.
一方で女はなんで時代の空気を読まないのか.女の要求はちょっと時代錯誤で,この時代なのに奢ってもらえると思ってるし,松屋でデートなんてあり得ないと思ってるし,誕生日には貴金属を贈られるものと思ってる.
きっと30年前は安月給だって男は男らしくいられた.女性は家庭にいたし,給与を得るのが珍しかった.だから男はまだ男らしくいられる余地があったんだけど,今のように女性が努力すれば男性と同等の収入を得られるようになったときに,カレシよりもカノジョのほうが収入が多かったり社会的地位が高くなったりしたときに,男が萎えるのはごく自然なことだ.
どうしたらいいかというと,女は既存の固定観念を捨てる.ビンボーなカレシのために,青姦に応じる.松屋で喜んでデートする.男に奢る.誕生日に貴金属を欲しがらないetc.意識改革をしないと男はどんどん草食系になるよん.今,女は働けば給与を得られるし,働き口もある.職種によっては女のほうがずっと有能.そんな時代なんだから男を養う女になる,ってくらいに発想転換すればいいと思う.
その点ホモは1500円くらい払えばとりあえずセックスにありつける場所があったり,お互い男性会社員として同等だったりするので,今の時代でも恋愛しやすいんじゃないか.ホモで良かった.あーでもあんまり貧乏だと貧乏じゃない子とのセックスに抵抗があるよね.ま,ヤりたいだけならハテンバもあるし.
しかし最近の女の肉食化には目を見張るものがある.女,狩る.昔は男が狩るほうだったんだけど,男が全体的に弱体化してきたいまどき,女が全体的に獰猛になってきた.自然の摂理なのか?身近な女を見ていても,やつらはアタックするし,貪欲に探してるし,簡単に身体を使うし・・・狩る女のためにハッテン場を作ってやればいいんだな.きっと.そうだ,女はホモに近づいてきたんじゃ?
以下余談ですが,
ゲイは,身体を鍛えて胸筋を強調したり,短髪にしたりするけど,あれはMasculinity(男性性?),つまり男を過剰にアピールしてるってことだ.一方でおネエに代表される,過剰なFemininyをアピールする場合もある.そして,草食系男子っていうのは,ManからMasculinityを差し引いたもの,って考えることができる.男から男的なものをマイナスしたら女になるってわけじゃなく,男マイナス男性は草食系男子なわけだ.じゃあ女マイナス女性は?田島陽子みたいな感じか.
男から男らしさを抜いた草食系男子が,男らしさを愛するゲイに受けるのか,って考えたときに,一般人はきっと,「受けない」って考えると思う.でも,ワタシは結構,男らしさの抜けた男が好きかもしれない.どっかのビデオメーカーが,「部屋から引っ張り出された草食系男子がアナルバージンを奪われてむせび泣き」みたいなビデオを出したらちょっと興味あるな.ヒトの好み(特にゲイの好み)ってよくわからないね.
「部屋から引っ張り出された草食系男子がアナルバージンを奪われてむせび泣き」がリリースされたらジャケットだけはちょっと見てみたい,って思う方は是非クリックをお願いしまっす!

オットコはオオカミなのっよー気ぃをつけなさーいー♪なんて時代だって女は強かった.
どうしたって女は強い.これは真理だと思う.いつの時代だって女は強かったけど,これまでは社会的背景もあって目立たなかっただけで,現代のように表舞台に出てくれば女が強いのは当たり前のような気が.
「草食系男子」が急増中っていうニュースが最近よく見られる.
人間は雑食なのに「草食系」っていうナンセンスなネーミングなんだけど,こういう感じの人たちだそうだ.
-セックスに貪欲じゃない
-外で遊ばない
-酒も飲まない
-車乗らない
-デートでもリードしない
昨今の20代,安月給でこき使われていて疲れてて月末になるとピーピーしちゃうようないまどきの若者が,万札はたいてフーゾク行くどころか,デートで小洒落たレストランでワイン飲んだり,車買ったり,するわけないと思うんだよね.
20代のオスがセックスしたくない,なんてことはあり得ない.オスはいつだって精液をぶっぱなしたいって思ってる.でも,セックスにありつくにはそれまでのプロセスとして女を食事に誘って,それも松屋や吉牛じゃ駄目で小奇麗なところに連れていって,誕生日になんか贈って,飲み代払ってホテル代払ってやっと性交にありつくでしょ.金の無い人がそんな面倒なことしませんし,そんな気力ないと思う.ビンボー人は,そんなの想像しただけでチンポ萎えるでしょ.
つまり草食系とか言われてる人たちは単に時代の空気に自分を合わせてるってだけで,ただの賢明な選択だと思うし,冬の時代を乗り切るために身を硬くしているだけだと思う.
一方で女はなんで時代の空気を読まないのか.女の要求はちょっと時代錯誤で,この時代なのに奢ってもらえると思ってるし,松屋でデートなんてあり得ないと思ってるし,誕生日には貴金属を贈られるものと思ってる.
きっと30年前は安月給だって男は男らしくいられた.女性は家庭にいたし,給与を得るのが珍しかった.だから男はまだ男らしくいられる余地があったんだけど,今のように女性が努力すれば男性と同等の収入を得られるようになったときに,カレシよりもカノジョのほうが収入が多かったり社会的地位が高くなったりしたときに,男が萎えるのはごく自然なことだ.
どうしたらいいかというと,女は既存の固定観念を捨てる.ビンボーなカレシのために,青姦に応じる.松屋で喜んでデートする.男に奢る.誕生日に貴金属を欲しがらないetc.意識改革をしないと男はどんどん草食系になるよん.今,女は働けば給与を得られるし,働き口もある.職種によっては女のほうがずっと有能.そんな時代なんだから男を養う女になる,ってくらいに発想転換すればいいと思う.
その点ホモは1500円くらい払えばとりあえずセックスにありつける場所があったり,お互い男性会社員として同等だったりするので,今の時代でも恋愛しやすいんじゃないか.ホモで良かった.あーでもあんまり貧乏だと貧乏じゃない子とのセックスに抵抗があるよね.ま,ヤりたいだけならハテンバもあるし.
しかし最近の女の肉食化には目を見張るものがある.女,狩る.昔は男が狩るほうだったんだけど,男が全体的に弱体化してきたいまどき,女が全体的に獰猛になってきた.自然の摂理なのか?身近な女を見ていても,やつらはアタックするし,貪欲に探してるし,簡単に身体を使うし・・・狩る女のためにハッテン場を作ってやればいいんだな.きっと.そうだ,女はホモに近づいてきたんじゃ?
以下余談ですが,
ゲイは,身体を鍛えて胸筋を強調したり,短髪にしたりするけど,あれはMasculinity(男性性?),つまり男を過剰にアピールしてるってことだ.一方でおネエに代表される,過剰なFemininyをアピールする場合もある.そして,草食系男子っていうのは,ManからMasculinityを差し引いたもの,って考えることができる.男から男的なものをマイナスしたら女になるってわけじゃなく,男マイナス男性は草食系男子なわけだ.じゃあ女マイナス女性は?田島陽子みたいな感じか.
男から男らしさを抜いた草食系男子が,男らしさを愛するゲイに受けるのか,って考えたときに,一般人はきっと,「受けない」って考えると思う.でも,ワタシは結構,男らしさの抜けた男が好きかもしれない.どっかのビデオメーカーが,「部屋から引っ張り出された草食系男子がアナルバージンを奪われてむせび泣き」みたいなビデオを出したらちょっと興味あるな.ヒトの好み(特にゲイの好み)ってよくわからないね.
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夜の西友では決まったレジに並ぶ,あのヒトのレジだ.
私のあのヒトは,おしゃれもしてないし,いつも汚れたエプロンをしてて,太ってるし髪もボサボサで,とうてい"もてるタイプ"じゃないんだけど,あのヒトは私に優しくしてくれたので好きだ.
一昨年,左足を骨折して,松葉杖をついたまま買い物カゴを持って食材を買うっていう,経験したことがないとわかんないような離れ業をしていたことがあった.そんなとき,たくさんのバイト店員が誰も私のことに「気付かない」なか,彼だけが私のことに「気付いて」くれた.そして,無言で私の買い物カゴを持ってくれて,全部の買い物が終わるまで無言で,ずっと買い物カゴを持って付いてきてくれたんだった.ワタシは,そんな身に余る待遇に恐縮して急いで買い物をしつつ,実は彼の無言の優しさに嬉しくて泣きそうになりながら早足(といっても松葉杖使用の最速で)で買い物を済ませたんだった.
それは,ある年のよくある12月のほんの数日の出来事であって,多分誰も知らない二人だけの思い出だし,私は確かに覚えているけど彼にとってはもしかしたら毎日の日めくりカレンダーの一枚に過ぎないのかもしれないから,最早私だけの思い出かもしれないのだけれど,私ひとりだけがきっといつまでもそれを忘れないんだろう.
それから何年も,彼にレジを打ってもらうたびにあのときの感謝を思い出すし,今でも感謝している.
それは私にとって,彼と私だけの秘め事みたいなもので,ほかの誰も知らない,自分だけが知っているこのヒトの良さっていうのは,どうしたって特別なものだ.
もっと世界中の誰もが,彼が優しい素敵な男だっていうことに気付いて,彼がこの世で報われることを心の底から望んでいるし,彼はもしかしたらとっくに愛してくれる女性が居て,彼に似た子供達が彼の帰りを待っているかもしれないけど,それでももっとたくさんのヒトが彼の良さに気付いてくれるといいと思う.そして,自分もそんな存在になりたい,っていうモチベーションになるのだった.
それでも,彼の素敵なNatureを自分だけが知っている,っていう感覚は,ある意味麻薬みたいなもので,自分を喜ばせるための麻薬かも知れないけど,そんな気持ちいい感覚は,できれば皆にも知って欲しい,っていうのは,それも一つのNatureであるなんて思う,早春の晩であった.
こんな感覚的な文章でも判ってもらえた方は,ぜひクリックをお願いします.あのヒトは大好きです!
潔さと無駄なプライドは紙一重か?
たまには,自分の反省のために作文してみる.
白状すると,最近,ひと様のブログを拝見していて「人気ブログランキング」のバナーが貼ってあると,自己満足みたいで恥ずかしいなぁ,とか,浅ましいなぁ,って感想を持っていたのだが,あるとき,ふと気付いた.これって正当な営業努力なのかも,っていうことに.
ブログはどんな内容でも,ある程度の時間を書けて書いたり,頭を使って書いたりするものだ.それはリソースの投資であって,投資するならリターンしないと意味が無い.じゃあ,ブログを書くことでどんなリターンがあるかっていうと,現金に言うとアフィリ収入とか,友達ができる,っていうのもある意味投資に対するリターンなのかもしれない.
つまり,
人気ブログランキングのバナーをきちんと付ける→より注目される可能性→よりコミュニケーションを広げるOrアフィリ収入を得る(それが例え僅かでも)
これっていうのは,良く考えたら,良く考えなくても,正当な営業努力じゃんか!ってことに気付いた.今まで失礼な誤解しててごめんなさい>皆さん
私には,ある種の営業活動や,ちょっと浅ましくてもリターンを求めることを,何故か潔しとしない考えがあって,それはみっともないこと,みたいな固定観念があったのだ.親がそう教育したとも思わないので,自らそういう考えを醸造したんだと思う.でも,それってただの「無駄なプライド」だ.無駄なプライドが邪魔して正当に営業活動をしないヒトは,報われない.そういう事例は幾つもある.
会社で,働いても働いても評価されないヒトっていうのは,周りを恨んで拗ねてしまいがちなんだけど,周囲や上司が悪いんじゃなくて,もしかしたらもっと自分を売り込んだり,ちょっと浅ましくても御用聞きみたいな営業活動をする努力をしたほうがいいのかも知れない.半期に一度の査定のときに,自分の実績をうまくアピールできないヒトって,実は才能があってどれだけ頑張ってても,給与に反映されない.そういうのは実は「無駄なプライド」が邪魔していて悪いのは自分だったりする.
一方で,人並みなプライドだから「ケチ」って言われない程度にケチで,御用聞きみたいなこともして,欲張りにリターンを求める習慣のあるヒトは,きちんとその努力が報われているような気がする.
だから,私も「無駄なプライド」が邪魔をする人生を今後はちょっと反省して,きちんとリターンを得る努力を始めることにしたのだ!どうだ!
よく知らない方のためにちょっと解説すると,このブログはgaylogっていうゲイのブログのリンク集に登録されている.そこで,人気ブログのランキングっていうのをやっていて,上のバナーをクリックするヒトが多ければ多いほど,人気ブログとしてフューチャーされるっていう寸法だ.だから,クリックしたら三万円と言われるわけでも,グロ画像が表示されるわけでもないので安心して欲しい.クリックしたらGaylogっていうサービスに飛ぶようになってる.
このブログを読んで,ちょっと思い当たる節があったり,「あ痛ぁ~」って思っちゃった方は是非クリックをお願いします↓.
でも,先日のエントリで書いたように,パンツ一枚の写真をペタっと貼ってクリックお願いしま~す,なんていうのは投資とは思えないのでクリックしないし,自分でもやらない.いや,リターンが望めるならやるかも・・・いや,やらない・・・でもやるかも・・・(以下ループ
たまには,自分の反省のために作文してみる.
白状すると,最近,ひと様のブログを拝見していて「人気ブログランキング」のバナーが貼ってあると,自己満足みたいで恥ずかしいなぁ,とか,浅ましいなぁ,って感想を持っていたのだが,あるとき,ふと気付いた.これって正当な営業努力なのかも,っていうことに.
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会社で,働いても働いても評価されないヒトっていうのは,周りを恨んで拗ねてしまいがちなんだけど,周囲や上司が悪いんじゃなくて,もしかしたらもっと自分を売り込んだり,ちょっと浅ましくても御用聞きみたいな営業活動をする努力をしたほうがいいのかも知れない.半期に一度の査定のときに,自分の実績をうまくアピールできないヒトって,実は才能があってどれだけ頑張ってても,給与に反映されない.そういうのは実は「無駄なプライド」が邪魔していて悪いのは自分だったりする.
一方で,人並みなプライドだから「ケチ」って言われない程度にケチで,御用聞きみたいなこともして,欲張りにリターンを求める習慣のあるヒトは,きちんとその努力が報われているような気がする.
だから,私も「無駄なプライド」が邪魔をする人生を今後はちょっと反省して,きちんとリターンを得る努力を始めることにしたのだ!どうだ!

よく知らない方のためにちょっと解説すると,このブログはgaylogっていうゲイのブログのリンク集に登録されている.そこで,人気ブログのランキングっていうのをやっていて,上のバナーをクリックするヒトが多ければ多いほど,人気ブログとしてフューチャーされるっていう寸法だ.だから,クリックしたら三万円と言われるわけでも,グロ画像が表示されるわけでもないので安心して欲しい.クリックしたらGaylogっていうサービスに飛ぶようになってる.
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でも,先日のエントリで書いたように,パンツ一枚の写真をペタっと貼ってクリックお願いしま~す,なんていうのは投資とは思えないのでクリックしないし,自分でもやらない.いや,リターンが望めるならやるかも・・・いや,やらない・・・でもやるかも・・・(以下ループ

Murakami, in trademark obscurity, explains why he accepted Jerusalem award | Books | Jerusalem Post via kwout
さて,過日イタリアではさくら水産でクダ巻いてるみたいなアル中のおっさんが日本国を代表して喋り,挙句辞任とか言っているがさっさと辞任させてさくら水産に行かせてあげたほうがいいと思う.一方でエルサレムでは日本を代表する作家が素晴らしく印象的なスピーチをした.イスラエルのエルサレム賞で受賞した村上春樹氏だ.
すでに,いろんなニュースサイトやブログで取り上げられており,いまさらな情報なんだけど,重ねて言うが非常に印象的なスピーチだったのと,あまり日本のニュースサイトでは全文を掲載していないため,アーカイブとして現地紙 THE JERUSALEM POST の記事からスピーチ本文の抜粋と,( )内に私の解釈として訳を加えた.THE JERUSALEM POSTの記事は池田信夫さんのブログ経由で見つけた.
翻訳についてはすでに様々なサイトで行われているが,表現が結構マチマチなのと,結構過激な意訳をしているところもあるので,稚拙だが今の私の解釈という意味での翻訳だ.何度か,Indivisualっていう言葉が使われていて印象的だ.ここでは「ひとりの人間」と訳した.それと,Systemは「体制」って訳したけど,「システム」と読み替えてもらってもいいと思う.
"When I was asked to accept this award," he said, "I was warned from coming here because of the fighting in Gaza. I asked myself: Is visiting Israel the proper thing to do? Will I be supporting one side?
(受賞の話があったとき,この場所に来ることを戒められた.ガザの戦闘のためだ.私は,ここに来ることが正しいかどうか,どちらか一方を支持するのかどうかを自問した.)
"I gave it some thought. And I decided to come. Like most novelists, I like to do exactly the opposite of what I'm told. It's in my nature as a novelist. Novelists can't trust anything they haven't seen with their own eyes or touched with their own hands. So I chose to see. I chose to speak here rather than say nothing.
"So here is what I have come to say."
(考えた上で,来ることを決意した.私は小説家のため,駄目と言われるとしてみたくなるのだ.小説家は自分の目で見たもの手で触れたもの以外は信じることができない.だから来ることに決めた.何も言わないことより,何か言うことを選んだのだ.こんな話だ.)
"If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will stand on the side of the egg.
(もしもそこに硬く高い壁があり,卵が投げつけられるとする.壁が幾ら正しくて卵が誤っていても,ワタシは卵に味方するだろう.)
"Why? Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in a fragile egg. Each of us is confronting a high wall. The high wall is the system" which forces us to do the things we would not ordinarily see fit to do as individuals.
(なぜなら私達は皆卵だから.一人ひとり異なる魂が弱い殻に包まれた卵だ.皆が高い壁に直面している.高い壁は私達に,本来ひとりの人間としてしてはならないことを強要する体制である.)
"I have only one purpose in writing novels, That is to draw out the unique divinity of the individual. To gratify uniqueness. To keep the system from tangling us. So - I write stories of life, love. Make people laugh and cry.
(私が小説を書く唯一つの目的は,ひとりの人間の神性を描くことである.唯一性を満たすことである.体制に私達を混乱させないためである.だから,私は人生や愛を書き,人々を笑ったり泣いたりさせる.)
"We are all human beings, individuals, fragile eggs, We have no hope against the wall: it's too high, too dark, too cold. To fight the wall, we must join our souls together for warmth, strength. We must not let the system control us - create who we are. It is we who created the system."
(私達は皆人間,ひとりの人間であり,か弱き卵だ.高く冷たく,暗すぎる壁に立ち向かう希望も無い.壁に立ち向かうために,暖かさと強さに向かい魂を一つにしなければならない.体制に操られ,体制に私達を創造させてはならない.それは私達が創造したものだ.)
"I am grateful to you, Israelis, for reading my books. I hope we are sharing something meaningful. You are the biggest reason why I am here."
(部分的な意訳 By のらくろ)
どうだろうか?私の印象としては寓話的で抽象的,まさに村上春樹の小説みたいなスピーチだなと思った.しかし,市民団体の反対運動を押し切ってエルサレムに出かけ,その場所でこのスピーチをしたということは偉大.村上春樹氏にポリティカルでシニカルなイメージは無かったので,意外だったのと,とても好感を持った.
参考
YOUTUBE
THE JERUSALEM POST の該当記事
http://www.jpost.com/servlet/Satellite?cid=1233304788868&pagename=JPost/JPArticle/ShowFull
池田信夫さんのエントリ
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/26ca7359e6d2d15ba74bcdf9989bee56
記事に感心して頂けたらクリックお願いしまっす.
ユーミンとクドカンの対談を読んだ.対談自体はシンプルなものなんだけど,やっぱユーミンってすごいな,っていうのが感想.ちょっと抜粋すると,
M 少し前までは、雑誌を作るような感じでアルバムを作ろうって思ってた。“その時”を切り取るっていう感じ。でも、インターネットなどが出てきて、情報が消費される速度が速くなった。雑誌も苦戦しているのだろうし、アルバムもそう。自分の中でシフトチェンジ(移行)しているところなの。
確かに,No Sideとか出してた頃は,丁度ラグビーがそんなにマニアックなスポーツじゃなくなった頃のように思う.このヒトの良さも,自分の気持ちがメインじゃなくて,対象物ありきの客観なんだよな.なんか,いまどきの歌って,目を瞑って自分のことを考えてみた,みたいな歌が多くて気持ち悪いんだけど,ユーミンの歌には,俳句みたいに,必ず対象物があって,絵画とか俳句に通じるように思う.観覧車とか,ラグビーとか,ジョギングするヒトとか・・・それにしてもこれだけのキャリアがありながら自己肯定しないで,今でも自己否定して再構築するガッツってすごい女性だと思います.
K 締め切りとか、自分には厳しい方ですか。僕、仕事が早いって言われてた時、同じものしかできないんだったら早い方がいいかなと思ってた。早く自分の手を放したいという気持ちもあるんです。
M 分かる。腐っちゃう感じがするのね。
ここが今一番共感できるんだけど,自分の中に長くしまっておかないという点.ブログでも,ふつふつと書きたいことが浮かんでくるときって,たいてい複数浮かんできてしまうんだけど,7つ思いついたから一日一回書いて一週間持たせればいいや,とはならない.そういう貴重な思いつきって,3日も経てば情熱が薄れてどうだっていいことになってしまうのだ.その「書くべきことは覚えていても,書く熱意はもう無い」っていう状態になってしまうことを「発酵しすぎちゃって腐った」って状態と思っていたんだけど,全く同じことが語られていた.だから,ワタシはひどいときは一日5回くらいブログを書くんだけど,つまんないことは言わないで許して欲しい.
ところで,中川アル中大臣は,まだ更迭されないのか..えっと,アノ人はもう顔からして,肌がだぶついて目が窪んだ「アル中顔」になってしまっているので,今後もっと恥ずかしいことをたくさんすると思います.
今,支持率が急降下しつつある麻生内閣ですが,このタイミングでああいうことをするというのが,実は手の込んだ刺客なんじゃないかとも思えたり.
ちなみに,風邪薬であんなにヘベレケになってしまうのなら,その風邪薬は今すぐ販売停止しないといけないし,薬のネット販売を規制している暇があったら,中川氏が飲んだ薬を何とかしないといけないでしょ(笑
で,今回の薬事法改正のポイントである,「説明員や薬剤師が,きちんと副作用の説明をすること」っていう点なんだけど,きちんと副作用の説明を受けて風邪薬を飲んだんであろう中川さん(笑)が,あのようにヘベレケになってしまうのだから,薬事法改正の大義名分に意味なんてないな,って.
