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2026/04/10 16:23 |
ヒトさまのブログを読み漁る
さて,今日は寝る気にならないので寝ないことにして,うっとりとブログデモ行進,じゃなくてブログでも更新し続けようとしています.Mixiの皆さん,ごめんなさい.ワタシの新着日記だらけで.

さて,最近のマイブームは何度も書いているように,他人のブログの読み漁り.それで,いろいろ思うところ,悶々が溜まってしまいました.で,先日決めたとおり,ほかのブログの批判はしない,言及はしない,ってことなんだけど,ガイドラインすれすれに,この悶々を書き出してみようかと思っている.

まず.「なんでみんなは恋人のことを相方って言うの?」
俺の恋人が,とか,俺のオトコが,ボクのラマンが,って書いてくれたほうがワタシとしてはしっくり来るんだけど,なんで示し合わせたように「相方」っていうのか,知りたい.実は,示し合わせてるんじゃ?確かに,夫婦って言ってしまうと,どっちが夫でどっちが妻で,みたいな,こちらが知らなくてもいいえげつない情報になってしまうし,愛人ていうとMistressだからマドンナさんか叶姉妹みたいになってしまうのはわかるんだけど,恋人って言うと駄目な理由があるのか.ワタシとしては相方っていうと,芸人の片割れの印象のほうが強くて,恋人同士っていう感じがしないのだ.もしかして,俺の恋人,って言う表現がノンケを思わせるから嫌なのか,もしくは照れくさいのか.ゲイのパートナーシップに一番相応しい表現として市民権を得ている理由がよくわかんないかも.本当は照れくさいだけなんじゃ?俺のオトコが,って言うヒトがいたら結構好きかもです.

それと,「なんで皆は相方前提でブログを書くの?」
例えば,ちょっとしたお礼とか新年の挨拶でも,「相方ともどもよろしく・・」とか,「そんなわけで,相方も喜んでます」みたいなことを書いてる方が多いんだけど,それって,必要?っていう疑問.ブログって,基本個人を表現するものだと思っていて,その個人ていうのは恋人関係をも超える個人というものだと思うんだけど,そんなに,自分+相方の「二個イチ」な存在になっても,納得できるの?っていう疑問を持ってます.別に,恋人がいるからといって,いちいち恋人の存在を自分の個人的な日記に登場させる必要って無いような気がしてならない.自分のOutputっていうのは自分のものであって,二人のOutputってちょっと意味不明なのだ.少なくとも,読者であるワタシはその人個人の人間性を垣間見たいのであって,カップルとしてのOutputなんていうのがあるとは思えないのだ.

それから,「やっぱりノロケの問題」
ワタシがカップルだったときに書いていたブログでも,恋人の存在を消し去っていたっていうのは,幾つかの理由があるんだけど,
1.ワタシの情報発信の場で,ワタシのプライベートの交際っていうのは読者に必要な情報ではない
2.二人の会話とか出来事っていうのは秘め事であって,不特定多数に発信するのは悪趣味
3.二人の会話とか出来事を有益な情報だと思う読者がいるとは思えない
このみっつが主なものだ.どうしても思ってしまうのは「ターゲットは誰か?」っていうことだ.知らないヒトか.彼らの共通の知人友人か.もしくは彼ら同士か.知らないヒトが必要な情報じゃない.共通の友人知人だって知ったところで喜ぶような情報でもない.彼ら同士だったらどうせ目の前にいるんだから直接言えよ!って思う.いや,多分彼ら自身のための備忘録っていうのが一番濃厚であって,ワタシがこういう過度の疑問を持つのがちょっとおつむがおかしいのかもしれないんだけど,メールして聞いてみたいくらいの不可解さを禁じえない.
カップルで書いているって言っても,HIVに関する情報を発信しているブログなんかは有益だと思うし,興味深いんだけど,問題は相方への想いだけを具体的な情報は無しに書き綴っているようなブログだ.それが珍しくなくて結構な割合であるんですよ奥さん.

てなわけで,書いていたらちょっと頭がパーになりそうなのでこの辺で,じゃ,股後ほど.
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2009/02/12 02:24 | Comments(0) | TrackBack() | 愉快なゲイライフ
枯れ木に花は咲かないって話
 10年くらい前の若い頃は年がら年中,彼氏が欲しい,って思っていたような気がする.それがいつからかこんな風に思うようになった.「でも彼氏は免罪符じゃない」

 どうも,人生のある時期において,彼氏さえできれば自分の人生がバラ色になって全てが満たされる,って思っていた.そういうときは,たいてい自分の人生があんまりうまく行ってなくて,何か一縷の望みが欲しかったときだ.

 だから,ネットで出会ったヒトがセックスだけして「じゃあ,さよなら」って言うのを恨めしく思ったり,連絡が途切れることを恐れたりした.青春ぽい.

 でも,彼氏ができたからといって,夜が昼のように明るくなったり,枯れ木に花が咲いたりすることは,断じてありませんから.彼氏ができたからといって自分の苦悩は苦悩のままだし,問題は問題のままなんだってことだ.

 だから,彼氏と会う予定があるのなら,自分の問題点は解消して,悩み事は中に仕舞って,「外向きの自分」をきちんと作ってから会いに行くのが礼儀なんだと思う.

 24歳くらいの頃初めて付き合った男の子はその辺がよくわかってなくて,毎晩電話してきて,仕事に疲れた,仕事に悩んでる,っていう泣き言みたいなことを,一時間も打ち明けたものなんだけど,あまり素敵とは思えなかった.

 きちんと,外向きの自分というのを弁えているヒトの態度は普通に受け入れられるんだけど,外向きの自分を弁えずにぶちまけるタイプのヒトはちょっと異質に思えてしまう.これはブログなんかにも言えることで,自分の悩みとか解消できない想いを無防備に不特定多数に発信しているヒトはちょっと目立つ.

 今となっては自分も年輪を重ねたせいか,付き合った相手の愚痴くらいは聞いてやろう,みたいな鷹揚な気分にもなれるし,そうやって胸に飛び込んでくる態度は,ちょっとキャワイイって思ったりするんだけどな.

 今は,自分の傷は自分で癒せるし,当然自分の問題は自分で取り組む術を得たので,恋愛っていうのはただのオプションで,恋人って言うのは居たら居たで生活がカラフルで楽しいし,居ないなら居ないで自分の道を探求できるからそれもいい,みたいに構えるようになった.

 そうしたら,セックスだけっていうのも楽でいいよな^^っていう風にも思うようになった.恋人が絶対!だった頃には「ヤリ捨て」みたいに悪いイメージを持っていたのに,当時は決して辿り着かなかった境地だ.これは,単純に嬉しい.ただ,この場合相手も同じスタンスである必要があるんだろう.それと,その素晴らしい境地に辿り着いた昨今,あいにく性欲も容姿もすっかり減衰して浦島太郎・・・ってそれはどーでもいいか(笑

 だから,いまどきの若いヒト,彼氏を見つけるのも大事かも知れないけど,自分のことも大事にね,って老婆心ながら思っちゃう昨今.

# しかし,結構歳いってんのに彼氏,彼氏,今年こそは,って言ってる人いるよね?あれはどういうモチベーションか?

 まぁ,綺麗事を言うつもりはサラサラなくて,もーすぐ35歳のワタシだって今でも彼氏は欲しいんだけど,若い頃との違いは相手を束縛しないし,相手に依存しないし,自分のことは自分でやる,ってことだ.つまり,面倒臭くないヒトなんだ.

 っていうことを女友達に話したら,「やだよそんなつまんないヒト」って言われた.面倒見るのが醍醐味なのに面倒見られたくないヒトなんてヤダ.だそうダ.やっぱり皆って,赤ちゃんプレイとか,彼氏が風邪ひいたらお粥作りに行ってあげるとか,そういうの好きなのかな?ワタシは嫌いだな(笑

ぶー「大丈夫?ご飯食べてる」

ワタシ「るせーな,何で来んだよ」

ぶー「ご飯食べてないかと思って」

ワタシ「イラねーよ,帰れよ」

ぶー「お粥作っといてあげるね,洗濯物は?」

ワタシ「洗濯もお粥もすんなよ,ほっといてくれよ!」

 っていう物悲しい物語.

 そうか,ワタシももうちょっと大人になったら,嫌なんだけど正直に嫌と言わずに笑顔で「有難う,チュッ」っていうテクを身に付けるのか.ん~大人って深い.

2009/02/12 01:14 | Comments(0) | TrackBack() | 愉快なゲイライフ
国を憎んでヒトを憎まず
家にかぼちゃの8分の1が残っていたので,今日の晩御飯はひっつみにした.ひっつみっていうのは,全国的には「すいとん」と言われているもので,岩手県の郷土食だ.郷土食って言っても,ご馳走じゃなくて各家庭で食されているものだ.

ワタシの父は岩手がルーツなので,東京で生まれた私も岩手に関して特別な想いを抱いている.盛岡に行くと亡くなった祖父祖母の岩手弁も懐かしく思うのだ.南部せんべい,南部鉄瓶,ちゃぐちゃぐ馬子,どれも郷愁を感じさせる特別なキーワードだ.

ひっつみ汁っていうのは,さっき書いたようにつまりスイトンなんだけど,野菜のたくさん入った味噌汁に小麦粉の団子が入ったものだ.いちおう今日のレシピを載せておくと,

 小麦粉は耳たぶくらいの堅さになるまでお湯でこねて冷蔵庫で寝かす
 おつゆは,出汁をとって普通に作る
 かぼちゃ,にんじん,豚肉,長ネギを具に.(具は自由)
 野菜が煮えたら,寝かしておいた種を一口サイズにちぎって汁に投入
 10分くらい煮込んだら,味噌を溶いて出来上がり.

煮崩れたかぼちゃがうまいひっつみ汁の出来上がりだ.

ちなみに,「ひっつみ」って言う名称は多分,小麦粉の団子をつまんで汁に放り投げるから,ひっつまむ,っていう意味なんだと思ってる.

因みに,こういう家庭料理のことを中国語では「家常菜」っていう.たとえば,あんまり辛くしてないマーボ豆腐のことは「家常豆腐」って言って,だいたいどこの地方の食堂でも食べられるものだ.

「家常」っていうのは,家で常に作られるおかず,っていう意味で,非常にセンスのいいネーミングだと思う.中国人の漢字の使い方は本家だけあってセンスがいい.

こんな風に,中国の文化や,中国の人々は大好きなワタシなんだけど,中国の政府に関しては人道的じゃないし,いまでも充分ひどい国だと思っている.

たとえば昨日のニュースで,日本に留学していたウイグル人の留学生が中国に一時帰国した歳に実質無実の罪で逮捕され,それから11年間収監されていたのが,やっと釈放されたっていうニュースなんだけど,逮捕されたヒトの妻子は可哀想にさいたま市に11年間残されたままで,会うこともできなかったっていう.

逮捕の理由は,公民館で文書のコピーを取ったことと,その人物が出版予定の書籍の内容に問題があった,っていう報道なんだけど,コピーを取ったっていうのがもちろん理由ではなくて,政治的な活動家としてもともと目をつけられていたんだろうと思う.

それにしても,表向きの理由といえど,出版されてもいない書籍の内容とか,コピーを取った,とか,そんな理由で11年の懲役が下ってしまう国家っていうのが酷い.家族を離散させて.

今でも,無数の政治犯とされる人々がその思想を理由に,無実で収監されているんだろうけど,そんな国が国際社会に普通に参加しているのが,非常に違和感を感じる.まだ,ミャンマーみたいに認められていない国ならまだしも,中国は発言力もあるし,日本と多大な貿易を行っているし,オリンピックを成功させた,って得意になっているじゃないか.

素晴らしい人々や文化のある国だから,政治も素晴らしいなんてことはなくて,人々と政府は切り離して考えないといけないのだな,っていうことを思ってる.どっかの掲示板の子供達みたいに,中国っていうだけで全部否定しちゃうようなのは本当にナンセンス.悪いのは政治だけで政治以外に何の罪もないってこった.

この考えはほかならぬ中国人に教えてもらった.彼らは日本の侵略について今でも話題にするけれど,国を憎んでヒトを憎まず,っていうことをたいていのヒトに言われた.学校でそのように教育しているんだそうだ.

2009/02/11 19:12 | Comments(0) | TrackBack() | 世の中のこと
もっと「お書き」に光を!
おはようございます.

クールダウンのつもりで,ちょっと近況チックなことでも書いてみようと思う.昨今のわたし・・・ワタシは今体調の関係で家でのひとり飲酒は禁止しているんだけれど,一人暮らしなので自分を律するっていうレベルのもので,監視が居て違反すると体中鞭打たれるとか,そういうことは断じて無いのだ.昨年の夏から暮れにかけてはすっきりと禁酒していたんだけれど年末年始を経てどうもダラダラと飲酒習慣が戻ってしまって,先日の日曜には二時間くらい運動に行った後にワイン一本とビール三本を空けてすっかりぶっ倒れて,夜中に目が醒めたときに「ああ,駄目だ」って思った.それで気を取り直して改めて禁酒に取り組んでいる昨今です.

それでも,長年の飲酒習慣が抜けずに夜,飲み物が無いっていう状況にちょっとパニックになるときがあるので,必ず三種類くらいの飲み物(牛乳,ジュース,お茶etc)を用意するようにしている.

それから心配なのは,酔っていつの間にか寝てるっていう習慣がついていると,突然酒をやめて素面で頭がぶんぶん回ったまんまで寝付けないっていうことなんだけど,これは最近克服した.風呂だ.風呂に30分くらい入りながらブログのチェックやらWEBニュースを見て過ごしてからだと,布団に入ったときにすっきりと眠れて朝までぐっすりなので,眠れない悩みはすっかり無くなった.

たまに不眠的な症状に悩まされるようになってからもう5年近く経っていて一時期は処方された睡眠薬を飲んだりしていたのだけれど,ああいうのも結局不要で,俺に必要なのは風呂だったのか!っていう新鮮な驚きだ.

これには科学的な裏づけもあって,ちょっと薀蓄を垂れると,人間の身体は12時間周期で入れ変わる交感神経と副交感神経に支配されているんだけれど,眠るときには副交感神経が活性化している必要がある.それが日々のストレスとか過剰な飲酒でしだいにズレていって,眠る時間に交感神経が活性化していることによって,頭が妙に冴えてしまって眠れない,っていうのが不眠のメカニズムじゃないかって言われている.風呂に入ると,ぬるめの長風呂でもそれは外的な刺激なので,一時的に交感神経が活性化した状態になるが,交感神経と副交感神経はバランスを取り合っているので,振り子にたとえると,交感神経側に振れた後には逆の副交感神経側に振れる動作になって,そのタイミングで寝てしまえばいいっていう寸法だ.

こんな文章で書くとなんともトリッキーな手段だけどワタシの場合はきちんと効果が出ているのであながち民間療法も侮れないなんて思っている.

近況っていうと毎晩ソフトドリンクを三種類買うってことと,毎晩風呂に30分入るってことだけなんだけど,それだけのネタでここまでダラダラと書いてるっていうのが端的に自分という人間を表している.

最近考えることといえば,「おしゃべり」っていうキーワードだ.よく喋る,いつでも声が聞こえてくるようなヒトのことを「おしゃべり」って言うけど,私のように,朝ブログ書いて,昼は会社でTwitter書いて,ノートにメモを書いて,帰りの電車では携帯でなにか書いて,帰宅すれば夜のブログを書いて,っていう,一日中何かしら書いているヒトのことを「お書き」とは言わない.でも,Outputの方法が口で喋るか手で書くかの違いだけで,「おしゃべり」と「お書き」は同類なんじゃないかと思う.それでも世間ではおしゃべりは市民権を得ているのに,「お書き」なヒトは市民権を得ていない.だいいちそんな呼称は無いし.もうクローゼットは嫌だ!もっと「書く人々」に光を!なんて言ってもこうして書いてアップしてるんだからぜんぜんクローゼットじゃないね.

ウイグル人留学生のニュースについて書こうと思っていたんだけどすっかり長くなってしまったため,午後に書くこととします.バイナラ~

2009/02/11 10:41 | Comments(0) | TrackBack() | 自分のこと,近況とか
「ノロケが苦手」っていう記事について反省したってこと
さっきのエントリで,Blogのノロケ記事が嫌いっていうことを書いたんだけど,書いた後でちょっと嫌な気分になってしまった.

「自分の書いたものの出来は棚に上げて他人の記事をエラソーに分類したり批判して自己満足している」っていうのは充分悪趣味だし,ある意味ノロケ記事を書くのと同じかそれ以上に気持ち悪いし自己満足だからだ.

ワタシも自分のブログの文章やサブジェクトが良いなんてこれっぽっちも思っていないし,一日の終わりに一息つきながら書いてるお遊びのつもりなので,ぐだぐだなことを書いたり非常識なことを書いたりする場合がある.それらについては改めるつもりもないし,書いたものは10点でも90点でもアップするつもりで書いているので,本来自分の仕事を研鑽するべきで他人のブログに言及している場合じゃなかった.

たとえば,会社で嫌いな奴に嫌なことを言われた,っていうことを,いくら力説したって自分がすっきりするだけだし,誰の得にもならない情報なので,そういうことは書かないっていうルールで運用しているんだけれど,ノロケが苦手,って書いてもそれと全く同じで,自分がすっきりするだけで誰にも有益じゃない,ってことに,お風呂に浸かりながら気付いた.

やっぱり,同じレイヤーのメディアにいるものとして他人のBlogは批判しない,言及しない,っていうのは必要なスタンスなんだろう.今後は新聞とかテレビのような違うレイヤーのメディアについては批判するつもりだけど同じレイヤーの他人のブログについては絶対に言及しないことにする.

で,追加で考えたこと.さっき,ワタシはブログの種類を,自己紹介系,情報共有系,近況報告系,主義主張系,っていう大雑把なわけ方をしたんだけど,それって本来分けられるようなものじゃなく,例えばワタシのブログでも情報共有だけの場合もあれば主張ばっかりしてる時期もあるし,全ての要素を含んでいるんだ.極端な話,近況報告をしつつCDの紹介(情報共有)をして,そのCDへのコメントで主張をたっぷり込めて,どうだこんなこと考える俺ってすごいだろ,って言ってしまえばもう全部の要素を含むわけだ.

だから本来その4つのカテゴリらしきものは,実はカテゴリではなくて要素であって,どれがどれくらい強い,っていうレーダーチャートで表されるようなものなんだってことに気付いた.でもこの概念は,今後は他人のBlogに言及しないと気付いた私にとって,自分のブログの自己評価にしか使わない概念だし,あんまり自分のBlogの自己評価ばっかり考えると,すっかり自己アピール系の強いブログになってしまって,自分の理想とは異なるので,もう使われることは無いと思う.

そんじゃ,おやすみなさい.

2009/02/10 23:39 | Comments(0) | TrackBack() | 愉快なゲイライフ

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